「また、しばらく出かけてきます。」 そう、彼女が言った時、喉元まで出かかった言葉を俺は必死で引っ込めた。 だってそうだろ? 彼女は伝説のエトワールなんだ。 今も守護聖が半分近く空位の不安定な宇宙を支えている女王陛下の為に一生懸命働いている。 だから・・・・言っちゃいけないんだ。 ―― どこへも行かないで欲しい、なんて・・・・ not conscious 爽やかな風と、暑すぎない日差しが気持ちいい聖獣の宇宙の聖地の午後。 中心部の宮殿の中庭で新米風の守護聖、ユーイは木陰に冴えない表情で座っていた。 その身の内にある風のサクリアのように、普段から人一倍元気なユーイとはまるで違う、くすんだ様子に時折通る聖殿の職員達も不思議そうに彼を見ていく。 そんな物問いたげな視線に気づいていながら答えようともせず、ユーイは重々しくため息をついた。 と、その時 「随分浮かない顔ですね、ユーイ。」 低いけれど甘い声が耳に入ってユーイは顔を上げた。 思った通りそこに佇んでいたのはユーイと前後して聖地にやってきた闇の守護聖、フランシスと、炎の守護聖チャーリーだった。 「珍しいな。一緒なんて。」 「そうやろ〜?偶然そこで一緒んなってな。折角だからお茶でもしよかって言ってた歩いてて」 「そうしたら木陰で座り込んでいる貴方が見えた、というわけです。」 そうか、と気のない返事をするユーイに二人は顔を見合わせる。 「なんや、どないしたん?えらい落ち込んでるやないか?」 「・・・・別に、何でもないんだ。」 「とてもそうは見えませんよ。よろしければ話してみませんか?」 元サイコセラピストらしく、穏やかに促されてユーイはやっと顔を上げる。 そして二人の顔を見比べてしばし考え・・・・それから重い口を開いた。 「怒らないか?」 「もちろんや!せやから安心してお兄さん達にどーんっと打ち明けてみいや?」 自分の言葉通り、どーんっと自分の胸を叩いて咳き込むチャーリーにユーイは少し笑う。 それから覚悟を決めたように言った。 「俺・・・・守護聖失格かもしれない。」 「「は?」」 突然何を言い出すのか、ときょとんとする二人に構わずユーイは視線を二人より遠くへ向けて話し出す。 「守護聖としては喜ばなくちゃいけないはずなんだ。・・・・あいつがより遠くの星系まで旅できるようになったって事はそれだけ宇宙が発展してきた証拠だって事だし、あいつが力を運んでくれるからどんどん宇宙は発展してるんだし・・・・」 「ちょっと待ちや。あいつってエンジュちゃんの事やろ?」 チャーリーが紡いだ名前を聞いて、頷きながらユーイは胸の奥がちくりと痛むのを感じた。 そのことで自分が意図的に彼女の名前を言わないようにしていた事に気づく。 言ってしまえば今よりもっと辛いことになりそうな、そんな予感がしていた。 「うん・・・・あいつが宇宙に出て行くのは良いことなんだって、それはわかってるんだ。なのに・・・・」 今、彼女は聖地にはいない。 最後に会ったのは6日前。 もう、6日もエンジュの姿を見ていない。 「会いたくて、会いたくて・・・・気が狂いそうなんだ・・・・!」 自分らしくない、とユーイ自身思うほど苦しそうに吐き捨てられた言葉に、フランシスとチャーリーが息を飲んだのがわかった。 「ユーイ・・・・」 「ごめん。こんな事言っちゃいけなんだよな。あいつはエトワールなんだし、引き留めるわけにはいかない。でも、でもさ、あいつがいないと1日1日世界が色あせていくような気がして・・・・息苦しくて執務室になんかいられなくて・・・・」 別に毎日会えなくても聖地に居てくれるならまだよかった。 その気になれば会いに行けるし、もしかしたら来てくれるかもしれないと思いながら執務室で待つのもなんだかワクワクして楽しいから。 なのにいつからか、エンジュが宇宙に出航してしまうと苦しくなるようになった。 姿が見られない、声が聞けない、彼女という存在が近くに感じられない。 それがたまらなく苦しくて。 でもその感情に何という名前をつけたらいいのか、ユーイにはわからなかった。 だからいつも口走ってしまいそうになる言葉を必死に押さえることしかできなかった。 どこへも行かないで、という言葉を。 「なあ・・・・」 心底行き詰まっているという感じの声でため息をつくように言って、ユーイは目の前の二人を見上げる。 「なあ、どうしてこんな風に思っちゃうんだろう?なんであいつを縛りたいなんて思うのかな・・・・」 教えてくれないか、とありありと問うている瞳を向けられて、フランシスとチャーリーは互いに顔を見合わせ・・・・片方は肩を竦め、片方は苦笑した。 「なんや、えらい情熱的な告白を聞いた気がすんなあ。」 「え?」 「そうですね。あそこまで言っておいて、無自覚なんですからある意味大物でしょう。」 「??」 二人の間で交わされる会話の意味がわからずに首を捻るユーイに二人は苦笑する。 「ユーイ。その答えは自分で見つけるものであって、私たちが教えるものではないのです。」 「せやな。俺らから見れば一目瞭然ちゅーやつやけど、それを言ってまうのは反則やし、そんな事したら折角のユーイの気持ちが台無しになってしまうやろ。」 「・・・・そうなのか。」 あからさまに落胆したユーイの頭をチャーリーはぐしゃっと撫でる。 「せやけど、頼りになるお兄さんはちょっとだけヒントをやろ。」 何するんだよ、と文句を言ったユーイは驚いて顔を上げた。 「ほんとか?」 「ほんま。でもちょっとだけや。」 「それでもいい。」 この自分を振り回してしまう気持ちの正体を少しでも掴みたい。 そんな思いにユーイは真剣な顔でチャーリーを見上げる。 チャーリーは視界の端に捉えたフランシスの渋い表情を見なかったことにして、にっと笑って言った。 「あんな、エンジュちゃんに宇宙に飛んでいってほしない、って思うんはユーイだけとちゃう。俺も、フランシスもそうや。」 「ええ!?お前達もそんな風に思うのか?」 「せや。なあ、フランシス?」 話を振られて少しため息をつきながらフランシスは頷いた。 「そうですね。レディが宇宙へ飛び立っている間はどこか空虚です。」 「俺もや。エンジュちゃんがひょっこりやって来いへん毎日なんて寂しゅうて。」 「そうなのか?」 ユーイは目を丸くする。 (・・・・あれ、でも・・・・なんで胸がちくってするんだ?みんながそうなら、安心しても良いはずなのに。) 新たに胸に起こった痛みにユーイは首を傾げた。 今度は苦しいんじゃなくて、なんだか嫌な感じに。 (??) 眉を寄せて考え込むユーイを見ていたフランシスは仕方なさそうに口を開いた。 「ひとつ、良いことを教えてあげましょう。」 「え?」 「先ほどレイチェルのところへ寄った時に聞きました。 ―― アウローラ号が宙港に着いたと連絡があったそうですよ。」 一瞬、きょとんとしたユーイは、次の瞬間すごい勢いで立ち上がった。 「それ、ほんとか!?」 「は、はい。今頃はもういつもの場所に停泊している事でしょう。」 ユーイの勢いに押されて一歩引いてしまったフランシスの目の前で、一気にユーイの顔が輝いた。 「俺・・・・俺!行ってくる!!」 「ああ、行ってきいや。」 そう言ってチャーリーが背中をぽんっと叩いてくれるのを合図に、ユーイは走り出していた。 (エンジュ・・・・エンジュ!) 何度も何度も人とぶつかりそうになりながら、聖殿を駆け抜ける。 目指しているのは真っ直ぐに。 ―― エンジュの笑顔。 (ああ、なんで今日はこんなに遠く感じるんだ!?) 馬車を使えばとか、そんな考えは一切頭に浮かばずとにかく全力で走る。 頬をきる風すら、今日は邪魔に思えて。 聖殿を抜けて、街を駆け抜けて、遠くにアウローラ号の帆影が見えた時、ぎゅっと心臓を掴まれたような気がして思わず立ち止まった。 (あそこにきっといるんだ。) 6日間、求め続けた、その少女が。 「エンジュ・・・・」 避けていた名前を口に出せば、全身を会いたいという強い衝動が駆け抜ける。 (やっぱ、言わなくてよかった。もう少し前に口に出してたらきっと俺、どうかなっちまったもんな。) 今はこの聖地にエンジュが居るから。 この衝動の向かう先があるから。 ―― なんでこんなにエンジュを求めているのか、なんでエンジュに会えないだけでどうかなってしまいそうになるのか、まだわからないけど。 (でも、それはとりあえずいいや。) だって、どうかなりそうなほど会いたかったエンジュにもうすぐ会えるのだから。 それに・・・・なんだか彼女の顔を見れば答えが出そうな気もするから。 「よし!」 ユーイはぐっと両手を握って気合いを入れる。 そして、深呼吸を1つ。 それから、ユーイはアウローラ号に ―― エンジュに向かってスタートを切った。 ―― なお、帰ってくるなりユーイの執務室に向かっていたエンジュとユーイが見事にすれ違い、もう一度、聖殿に向かって猛ダッシュする風の守護聖が見られたとか。 〜 Fin 〜 〜 おまけ 〜 「・・・・まったく、余計な事を言って下さいましたね。」 「そやかて〜、可愛そうやんか。あんな一生懸命考えてるんに。」 「はあ。優しいのは結構ですが、余裕のある事ですね。自覚されてしまったら、最大の障害になることは疑うべくもないのに。レディが旅から帰ってくるたびに、真っ先に誰に会いに行っているか知らないわけではないんでしょう?」 「うぐっ。そ、そらま、そうやけど〜・・・・ちょっと待てや。てことは、今アウローラ号へ向こうたら完全に入れ違うんちゃう?ユーイとエンジュちゃん。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(くす)」 「確信犯かい!」 |